記憶の道標 Story ♯09 相談相手




「今度こそ絶対、家から出るなよ!」

景吾は僕を家まで送り届けたあと、本当にすぐ姿を消した。
バイトでもないし・・・どこへ消えたのだろう?

僕の中には、なにかはっきりとしないモヤがあった。
景吾の行動、発言はおかしすぎる。
一体、なんでなんだろう?


・・・聞くしかない。でも誰に?景吾、本人に?
・・・できない。いつもの僕ならすぐにでも問い詰めるのに、何故かできない。
こわい。聞くのがこわいのかもしれない。

じゃ、誰に?・・・・英二だ!
英二なら、この相談に乗ってくれるであろう。ルームシェアをしているくらいの仲なのだから。




景吾は、鍵を自分で持って出て行った。この家に鍵はない。
でも、僕は大家さんにうまく言って合鍵を借りた。
これで景吾が帰ってくる前に家に帰れば、僕が病院へ一人で向かったことはバレない。
僕は、玄関の手すりにかけてあったキャップをかぶり外へ出た。














僕はまだあまり慣れていないこの土地を歩いていった。
途中で、ミクちゃんの家も通った。
景吾の家から20分ほどで病院につく。

この病院には縁がある。ここ1週間でどれだけこの病院に来たのだろう。
ちょっと微妙な縁だけど・・・・。

この病院には僕のことを知っている人が多いはず・・・
僕はキャップを深めにかぶってナースステーションへと向かった。




ナースステーションでは、看護士さんたちが忙しそうに働いていた。
若くて新人っぽく、あまり僕のことを見かけたことがなさそうな看護士に声をかけることにした。


「あの・・・すみません。」

その看護士は笑顔で僕のほうへ来てくれな。

「はい?何か御用ですか?」

「英二の・・・あ、菊丸さんのお見舞いに来たんですけど・・・病室は?」

そう、昨日は気が動転していたし倒れてしまったし・・・病室を知らなかったのだ。

「あぁ・・・昨日入院された菊丸さんですね?えっと・・・命に別状はないんですが、精神的なこともありますし・・・
今日はよほどのことがないかぎり面会は断ってくれということに・・・。」

「僕の兄なんです!家族も面会できないんですか?」

このままでは会わせてくれないと思い、とっさに嘘をついた。

「あらっ、弟さん?さっきお兄様もいらっしゃいましたよ?ご家族なら・・・・どうぞ、こちらです。」

優しそうな看護士さんは、僕のハッタリを信じて部屋まで案内してくれた。
長く続く廊下。
白い白い道。
ふと見えた大部屋では、患者さんたちが楽しそうに会話をしている。
看護士さんが、一生懸命おじいちゃんの話を聞いている。
そんな様子が目に飛び込んできた。

廊下の角を曲がると、個室の並びになる。
窓があり木々が太陽を浴びてキラキラと輝く。
でも、日の光は木々に遮られ病室には届かない。廊下は暗い。

504号室。菊丸 英二と名前が書いてある。
看護士さんがノックをする。

「失礼します。弟さんがお見えになったので、お通ししました。」

2人の視線が僕をとらえる。

「フジ!?」

英二は黒いスーツを着た男の人と話をしていたようだったが、僕の登場に目を丸くしていた。
お兄さんなのだろうか?
黒いスーツの男の人は、一見ホストのように見えるが・・・それとは違う上品さを感じる。
整った顔の人で、僕が会ったことのない人だった。眼鏡をかけている。
英二は頭に包帯をし、顔や手にたくさんガーゼをあててある。痛々しい。
比較的元気そうに見えるが・・・彼は僕をかばって・・・・僕をかばって・・・・。
そう思うと涙がこぼれてきた。


「英二っ!!」


思わず英二に抱きついた。
泣いてるところを見られたくないので、顔を英二の布団に埋めて声も押し殺していた。
ひっく・・・ひっく・・・
その場には、僕の嗚咽だけが響く。
英二は黙って僕の頭をなでる。



「菊丸・・・俺は帰るよ。また連絡をくれ。・・・さ、看護士さん!行きましょう。」

「手塚・・・・悪いね。」



スーツの人が気を遣ってくれたようだ。
看護士さんを連れてまもなく部屋を出て行った。



っく・・・ひっく・・・・。
僕の涙は止まりそうにない。

「フジ?」

英二に呼ばれて顔をあげる。

「フジ・・・もう泣くなよ。なっ?俺は大丈夫だから!・・・お見舞いに来てくれたのかな?ありがとう。」
にこっと笑う。

「ご・・・ひっく・・・ごめん。ぼ・・・ぼくのせいで・・・・。」

「君のせいじゃないよ。看板を落としたやつのせいだよ。そいつらが悪いんだ。君は苦しまなくていい。」

「・・・あり・・が・・と。」



泣いてるのが恥ずかしくて、窓の方へ身を寄せる。
男の子が老人と一緒にベンチにすわっている。
車椅子を押している女性。
走りまわっている小さな女の子をにこにこと見守る母親。
暖かい気持ちになると同時に、落ち着いてきた。
話を切り出す。


「英二・・・。僕は・・・相談に来たんだ。」

「相談?」

「そう。景吾についてなんだけど・・・・」

「跡部?」

「うん。景吾って何者なの?やけに勘が鋭いし、観察力あるし・・・。」

「ま、あとべ〜は昔から頭の回転の速いやつだからね。フジもなかなか観察力があるんじゃない?跡部と会ってまだそう日は経ってないだろ?」

「う、うん・・・。でも、僕・・・自分がどういう人間なのかわかんないんだ。」

「あぁ・・・。それぐらいの年の子は、悩む時期だもんな・・・」

「そうじゃないんだよ!」
思わず声を荒げる。

「・・・フジ?」

「僕には・・・記憶がないんだ。景吾が言ってた僕の説明は嘘。両親が行方不明なんて・・・両親が誰なのかさえ、わかんない。」

「・・・えっ?冗談だよね?」

「冗談じゃないんだよ。・・・あとで大石先生に聞いてみてよ!あの人なら証明できる。」

「大石・・・か。よし、信じるよ。」

「えっ?」

「大石は優秀な医者だ。彼が君の診察をしたんだろ?」

「まぁ・・・診察というか、検査ね。」

「なら信頼できるよ。」

「ありがとう。」

「それで?君は・・・どの程度記憶を失っているんだい?」

「すべてだよ。自分の名前も、住んでるところもわからない。でも、それがベットだとか・・・花だとか・・・・名称はわかる。
 何ていえばいいのかな・・・」

「OK。だいたいわかるよ。それで?」

「景吾は、僕を見つけてこの病院まで連れてきてくれた人だったんだ。
 僕・・・覚えていることと言ったら、天使と暗い道ぐらいなもんで・・・。」

「天使?」

「そう。ま、すべて忘れちゃってて・・・行くあてがなかったから、景吾の家で面倒みさせてもらうことになったの。」

「そ、そうだったのか・・・・。じゃ、この近所で起こった殺人とか知らないの?」

「さ、殺人?」

「そうそう。ヤマフジ公園わかる?」

「わかるよ!僕の名前の由来だもの。」

「えっ?」

「僕・・・ヤマフジ公園で倒れていたらしいんだ・・・。」

「ヤマフジ公園のフジをとったの?」

「そうらしいよ。」

「あはははっ。」

「もう・・・笑わないでよ。・・・それで?殺人って・・・?」

「あぁ・・・あそこから10分くらい行ったところに川原があるんだけど、そこで老人が射殺されたんだよ。
 銃痕から見て、かなり遠くから撃たれているんだけど・・・どうみてもプロの仕業としか・・・
 おっと、ごめんね。職業柄、こういう話題に敏感でさ。」

「あ・・・いや・・・・。」

殺人事件・・・一体、いつ起こったのだろう。
最近?・・・僕が記憶を失ったくらいなのか?
胸騒ぎがする。

「ところで・・・・。」
英二の言葉に現実へと引き戻された。

「どうして、跡部は俺に嘘をついたのかな?」

「そう、そこなんだよ!景吾は変なんだ。好きだし、頼りにしてる!してるんだけど・・・・
 僕・・・実は2回襲われているんだけど・・・・その時の景吾の観察力が半端じゃないくらい鋭いんだ。
 車のナンバーは見ているし、看板の件だって!ワイヤーを持ってたんだよ?拾ってきたんだろうけど・・・。
 それに、さっきも僕が英二のお見舞いに行こうとしたら・・・やめろって止めるし・・・・。
 嘘つくし・・・。今は説明できないって言われちゃうしさ。」

「・・・そっか。」

「そう。どう思う?」

「ん〜・・・何とも言えないな。ただ、跡部は信頼できるやつなんだ。今は説明できないが、後々説明すると言わなかったか?」

「言ったかも・・・。」

「じゃ、信じてみな。俺が言うんだ!間違いないよ。」

「うん・・・。」

「納得いかないって顔してるね?ま・・・跡部に関して何かあったらまたおいで!いつでも相談に乗ってあげるから。」
にこにこと笑顔を見せる。

「ありがとう。」





こうして僕は英二の病室を後にした。
信じろと言われても・・・いまいちできそうにもない。
それより、気になるのは殺人事件だ。
詳細が知りたい。
一体、どうやって・・・・?

そうだ!僕はひらめいた。
英二は記者だ。
そして今は入院している。
家に帰れば資料か新聞が山ほどあるのではないか?
よし、景吾も帰宅していたら困るし・・・急いで戻ろう!




僕は、これから大きく道を踏み外すなんて考えてもいなかった。









手塚登場!(笑)